「不幸せになりたい!」
と思う人より、
「幸せになりたい!」
と思う人の方が圧倒的に多いのではないかと思う。
でも、
人によって何が幸せなのかや、
何をもって満たされているのか、とか、
どんなことに豊かさを感じるのかはそれぞれ違う。
おいしいものをおいしく食べられることが幸せと思う人もいれば、
おいしいことも大事だけれど食事はバランスが一番大事という人もいる。
栄養摂取のためだけに食べるという人もいる。
はたまた、食べることにはそんなに関心はない人もいたりして、
食事をすることより、
むしろ食事を忘れるくらい趣味に没頭できている時間に幸せを感じる人もいたりする。
食べることが好きな人にとって、
食事をとらずに何かをし続けることなんて考えられないと思うかもしれないけれど、
趣味に没頭できている時間に幸せを感じる人にとっては
1食抜くくらい大したことなかったりする。
だから、
そんなこと(趣味)より、ちゃんと朝昼晩定期的に食事しなさい、
と言われたら、
食事を大切にする相手が自分を思いやって言ってくれているとわかっていても、
幸せ気分がちょっとだけ減ってしまうかもしれない。
こんな風に、
「幸せ」は人それぞれなので、
誰かの幸せが必ずしも自分の幸せと同じとは限らないこともある。
心配だからつい言ってしまうのもわかるし、
1食ぐらい抜いても楽しい時間を続けたいのもわかる。
両方わかる。
身体のことについても同じで、
身体がゆがんでいることは今生きている上でたいした問題を感じていないから今のままでいい、
と思っている人に、
良い姿勢ができる身体の方が動きやすいし疲労しにくと思う人が、
姿勢よくしたほうがいいよ、
といくら言っても、
単なる騒音にしか聞こえないかもしれない。
自分の思う幸せな状態が、
相手にとっては幸せではないと感じているのに、
自分の思う幸せな状態を相手に押し付けたところで、
相手が本当に納得しない限りは、
たとえ自分の思う幸せが多くの人にとって本当に良いことであったとしても、
相手にとっては幸せを感じられることにはならないかもしれない。
だって、
逆に、
身体がゆがんだまま生きてても何も問題ないと思っている人に、
大丈夫だから、
何もせずゆがんだままの身体でいろ、
と言われても嫌だし。
究極、
自分がいいと思うことを信じてそれを貫くことが、
ある意味幸せなのかもしれない。
とはいえ、
栄養バランスのとれた食事を心がけた方がいいし、
趣味に没頭していたとしても栄養や水分はちゃんと摂取した方がいいし、
身体もゆがんだまま放置しない方がいいとは思うけど、
長い目で見た時にはそうした方が良いとわかっていても、
今楽しいことを優先することが幸せなら、
それは確かに自分の幸せを追求してることになるから、
それもありなのかな、とも思う。
